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あれこれとカウンセリングのことを考えるブログです。
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こんばんわ。

今回は、二重人格・多重人格・解離性同一性障害と呼ばれるパーソナリティ病理のカウンセリングについてつぶやきます。

一時、ブームになりましたね。これ。映画やドラマのテーマになりましたし、報道番組の特集で生の治療場面の映像が流されたりで、本当にびっくりするほどでした。トラウマ(心的外傷)とか、児童虐待に対する関心の盛り上がりとシンクロしていたようです。

ブームは去ったような気がしますが、振り返ると、これまで何度も取り上げられては消えて行った概念だと思います。小説に書いた人もいますし、一世紀くらい前にもブームになりました。フロイトとか、ジャネとか、ジェームズの時代です。日本だと、キツネつきのような憑依現象のほうがメジャーだったのかもしれません。

さて、通常この多重人格は、ひとつの人格が複数に分裂してしまった病理のように考えられています。ですから、治療の方向も、バラバラになった複数の人格をひとつに統合する流れになるのです。しかし、はたしてそうでしょうか。

このような考え方の背景に紛れ込んでいる暗黙のパーソナリティ観は、人格はひとつである、ひとつであるべきだ、というものです。

私はこう考えています。人格は、本来的に複数である。私たちは、超多重人格なのだと。こういうことです。私たちは、仕事をしているときと、家庭に居るときと、仲間と羽目をはずしているときには、それぞれ違った人格が現われているのです。仕事モード、家庭モード、その他もろもろで、そのようなパーソナリティのモードは無限大です。

このようなモードが崩れて、何種類かのモードに固定化してしまい、それが交代人格として現われるのが、このような多重人格なのかもしれません。ひとつの人格が多重化して分裂したのではなく、超多重化しているはずの人格が狭くなってしまったというか。

このように考えると、治療の方向性は違ってくるはずです。つまり、この考え方からすると、統合ではなく、多重化の方向へ、バリバリに分割されていた人格のあいだが、もはやそれと区別することができなくなるくらい、ほぐれて行く方向へ、進むことになるのです。逆説的ですが、このようにしてほぐれると、いくつかの区別された人格が不自然に出現するように見える現象は、連続的に変化するからこそ多重化されて見えないようなところに回復するはずです。

超多重なのに、連続性のために多重に見えない。

ふむふむ、難しくなりました。私の説明も、もう少しどうにかならないものか。不完全燃焼のまま、今回はこれまでとします。

ではまた。

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