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あれこれとカウンセリングのことを考えるブログです。
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こんばんわ。

カウンセリングはクライエントの話に耳を傾ける営みですが、話にばかり注意を奪われると、大切な身体性が無視されることになります。これではいけませんね。今回は、身体性の一部を作り上げている私たちの呼吸について触れることにします。

まず、さまざまなカウンセリングの立場のカウンセラーたちが、特殊な呼吸法を用いることがあります。催眠もそうでしょう。トランスパーソナル心理学の領域では、グロフのハイパーベンティレーション(過喚気)を使った変性意識への導入などもあります。身体感覚が変化すると同時に意識が変化するのです。面識はありませんが、私の住む街にも、ある呼吸法を使った技法を用いる方がいるようです。Blue Windsさんです。こちらです→カウンセリング 札幌

私自身は、特殊な呼吸法を使うことはありません。せいぜい、クライエントと一緒に深呼吸するときがある程度です。ここでは、そのようないまある意識状態から別の意識状態へと変化されるための手段としての呼吸法ではなく、息をすることについてお話したいと思います。

当り前のことですが、生きるとは息をすることです。息ができないことは死を意味しています。私たちはこのような呼吸を難なく行っていて、呼吸の営みを意識することはほとんどありません。意識しなければ息ができないとき、死が目前に迫っていたり、呼吸の自明性が危機にひんしていることになります。

息をつく間もなくしゃべり続けるとき、息つぎは大きくなるでしょう。肩を使って。通常は声帯を使って音声を発しながら、息を吸い込むことを、意識することなく自然にやっています。そのようなリズムが崩れるとき、話すこともままなりません。息をすることにすべての注意が注がれてしまうからです。

息は浅かったり、深かったりします。そのテンポも速かったり、遅かったりします。人によって違う呼吸には、おそらく生命的な次元の意味があるのだと思います。

心臓の鼓動は、あくまでその人の内的なリズムです。生物学的な器官の律動なのです。しかし、呼吸すなわち息をすることの場は、その人の内部ではありません。実は息をすることとは、人と人との「あいだ」で起こる出来事なのです。

どうもあいつとは息が合わないな、もっと息を合わせて行かなくちゃなど、そんなときはありませんか。息を吸って吐くことで内が外になります。また息を吸うことで、外が内になります。それが、二人の人間のあいだで起こるのです。

誰か愛する人が息をひきとるとき、それを看取ったことがありますか。息が途絶えたとき、おそらくあなたは「息をして」と叫ぶはずです。死なないでほしいは、息を吹き返してほしいなのです。その場にいるあなたは、おそらく自分が息をすることも忘れているはずです。相手と呼吸のリズムが知らぬ間に合ってしまうからです。

息をすること、それ自体を意識するのは、もうそれ以上さかのぼれない生命を意識することに通じています。呼吸法を駆使せずとも、カウンセリングとは、このような数えることのできない生命の次元で出会うことなのだと考えています。

ではまた。

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