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あれこれとカウンセリングのことを考えるブログです。
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こんばんわ。

先ほど帰宅しました。通夜への列席を終えて。叔父のことを少しだけ。長い、長い、自動車の運転でした。

鎮魂のために、ここに少しだけ叔父のことを書き記すことお許しください。

私の叔父の一人です。彼はあるときから社会生活から身を引きました。山籠りです。自然を愛し、自然とともに生きたのです。熊に出くわすことも恐れずに、北海道の山奥のけもの道を歩き、動物たちや自然を観察して生きていたようです。

そんな叔父は、数年前に山から下りてきました。街中で暮らすようになったようです。理由は分かりません。人恋しくなったのでしょうか。

死因は、どうやら心筋梗塞のようです。立ち飲み屋で一杯やって、安アパートにたどり着いたときに、その玄関先で息絶えたのだとか。もうすぐ70歳の声を聞くところでした。まだまだ若いような気もしますが、濃密な人生を送っただけに、もしかしたらもう充分であったのかもしれません。本人にしてみると。

貧しさの中で生きた叔父は、世話になっていたお寺で通夜と葬儀を行いました。セレモニーホールで行うのが当たり前になっている時代に、料金的に言って格安で寺の世話になったのです。寺の住職はいきな計らいをしてくれたと思います。ほとんど無料で、すべてを滞りなくすすめて下さいました。世のなかには、貧しい宗教法人もあるわけです。

僧侶が生前の叔父のことを、天涯孤独と評していました。人里離れたところに生きていた時間が長くに渡り、社会的な生活に乏しかったという意味なのでしょうか。たしかに、人から離れて生きていた時間からすると、僧侶の言葉はその通りであると思います。しかし、私からすると、叔父は天涯孤独であったとは思えないのです。というのは、叔父は、愛すべき自然とともに生き、自然から愛されていたからです。

ずっと疎遠であった叔父の、祭壇に飾られた写真は、素晴らしい笑顔でした。晩年は山を下りて街中で暮らしましたが、もしもずっと自然とともに生きていたとしたら、もう少しだけ長生きできていたような気もします。あの写真の笑顔は、いつ撮ったものなのだろう。

この世にはいろいろな人生があります。叔父のような数奇な人生も。ありふれた言葉ですが、名もなく、貧しく、美しく生きた叔父の生命に合掌して、今夜は眠りにつきたいと思います。この時代に、叔父の人生を位置づけることは難しい。だからこそ、その生涯が気になって仕方がないのです。

ではまた。おやすみなさい。

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