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あれこれとカウンセリングのことを考えるブログです。
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こんばんわ。

カウンセリングの世界ではいろいろな常識があって、それが世間様の常識とずれていることはままあるような気がしています。

たとえばこんなことです。

何らかの不適応を起こしている人は、活動範囲が狭くなってしまう。どこにも行きたがらずに、自分の世界に引きこもってしまう。不適応がカウンセリングで改善されれば、クライエントの活動範囲も広くなり、以前よりも豊かな生活を送るようになる。

ふと考えてみたのですが、まず、適応とか不適応という概念自体、もともと生物学あたりから取り込まれたもので、カウンセリングとか人間を考える上では、役には立つが限界のあるものです。いいえ、不適応なんて言う言葉は、いまの世の中で何か役に立つのだろうかという疑問すら持っています。適応がOKで不適応がNGなんて、そんなことは一概には言えないからです。

話題がそれました。

不適応の人は活動範囲が狭くなるという考えは、自分は社会適応しているノーマルな人間だと考えているカウンセラーという人種だけなのではあるまいか。そもそもノーマルであろうが、アブノーマルであろうが、あるいは適応していようがいまいが、私たちの日常の活動範囲はそんなに広いものなのだろうか。広いと考えているのであれば、それは幻想ではないのか。

私たちは自宅と職場の間を行ったり来たり、それが日常です。仕事をしているのであれば。自宅と職場しかないのです。そこに、旅行やら、買い物やら、つきあいやら、その他の活動がたまにはいってくるのです。生活圏は狭い、それが適応している人たち。

では不適応の人たちはどうか。適応している人たちとあまり変わらないでしょう。むしろ彼らの方が、いわゆる穴場を知っていて、驚かされることがよくあるのです。

自室に引きこもっている人は、人と会っていないのでしょうか。たしかに人と会うことがめっきり少なくなるかもしれません。しかし、それは外的な世界の話です。むしろ彼らは、内的な世界に住んでいる他者たちに圧倒されています。一人でいるときさえ。一人だけど、いつも誰かとともにあるのです。たいていは、あまり思い出したくない他者とともに。

カウンセリングをしていると、カウンセリングの世界の常識に染まっていくのが私たちカウンセラーなのかもしれません。しかし、生きた現実がそのような業界の常識のせいで見えなくなってしまうとしたら、もうそんな常識とはお別れしてもよいのかもしれません。

いったん常識を離れて、自分自身の曇りのない目で世界を見てみませんか。哲学者のデカルトが行っていたように。

ではまた。

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