あれこれとカウンセリングのことを考えるブログです。
こんばんわ。
このブログ「カウンセリング考」も最終回となりました。以後はこちらのカウンセリングのお話に引き継ぐつもりですので、興味のある方はどうぞのぞいて下さい。
最終回のテーマは「カウンセリングの人生」です。
自分はどうしてカウンセラーになったのだろう、こんな問いかけを自分自身に向けることがたまにあります。すると、若い頃の思い出が次々と浮かんでは消えて行きます。
もうこの世界に足を踏み入れてから20数年になります。まだまだこれからであることは確かなのですが、いつの間にか初心を忘れていたような気がしています。初心を忘れるとカウンセラーはどうなるのか、これはとても興味深い問題です。
初心を忘れた人間はどことなく偉ぶってしまうはずです。口ばかりの人間。天狗になって大切なことを忘れてしまう。後進のカウンセラーたちを上から目線で見て、指導するものという役割に逃げ込んでしまう。
カウンセリングという同じ人生を歩んでいる仲間たち、それが後進のカウンセラーたちです。彼ら、彼女らとなんら変わることのない一人の人間、それが自分なのです。
このように考えるととても楽になりました。クライエントに許可をもらったものに限るのですが、私は自分のカウンセリング場面の音声なり映像を、そのまま後進のカウンセラーたちにもオープンにできるようになりました。自分はカリスマ的なカウンセラーではなく、一介のカウンセラーであり、そのあるがままの姿を他人の目に晒すことができるようになったのです。
これ、とても大きな変化ですね。我ながらそう思います。
口ばかりの指導者であれば、自分の生のカウンセリング場面をオープンにしないでしょう。なぜならば、自分が口ばかりであることがばれてしまうからです。そのために、いろいろな理由を付けて、オープンにすることを拒むわけです。口で築いた幻の見かけを死守しようと躍起になる指導者的カウンセラーがいるとすれば、とても残念なことですね。
他人への批判のように聞こえるかもしれませんが、ここに書いたことはすべて自分自身に向けた言葉です。初心を忘れるな、偉ぶるなということです。
等身大のカウンセラー、等身大の人間でいよう。
もう若くありません。人生の半分以上を生きました。でもまだまだこれからです、私のカウンセリング人生は。ただひたすらにクライエントのお話に耳を傾けること、いまも昔もこれが私のモットーであったような気がします。これが実現されるときに、クライエントは回復し、カウンセリングは成功することを数多く体験してきました。話をただ聴くことがいかに難しいことであるのか、いまも実感しています。
これでよいのだろうかと、いまも迷いながら生きていますし、カウンセリングも行っています。これでよいのだという確信や自信を、むしろ疑っているほどなのです。これでよいのか、もしかしたら間違っているかもしれない、そんな心の揺れ動きの中にいつもいるのが自分です。
地域の中に埋もれた無名のカウンセラーでありたい、これが私の目標です。これからも悩めるクライエントのお話に日々耳を傾けて行くつもりです。きっと、それは自分の命が尽きるまで続くのでしょう。命が尽きるまでカウンセリングの道を歩んで行く、私が考えるカウンセリングの人生とは、そのようなものなのです。
では、これでお別れになります。稚拙な記事ばかりでしたが、アクセスして頂いた方々には感謝いたします。下記が私の公式サイト・ブログになります。ではみなさん、どうぞお元気でお過ごしください。さようなら。
公式サイト→http://www7b.biglobe.ne.jp/~nopporo-counseling/
公式ブログ→http://nopporo-counseling.at.webry.info/
このブログ「カウンセリング考」も最終回となりました。以後はこちらのカウンセリングのお話に引き継ぐつもりですので、興味のある方はどうぞのぞいて下さい。
最終回のテーマは「カウンセリングの人生」です。
自分はどうしてカウンセラーになったのだろう、こんな問いかけを自分自身に向けることがたまにあります。すると、若い頃の思い出が次々と浮かんでは消えて行きます。
もうこの世界に足を踏み入れてから20数年になります。まだまだこれからであることは確かなのですが、いつの間にか初心を忘れていたような気がしています。初心を忘れるとカウンセラーはどうなるのか、これはとても興味深い問題です。
初心を忘れた人間はどことなく偉ぶってしまうはずです。口ばかりの人間。天狗になって大切なことを忘れてしまう。後進のカウンセラーたちを上から目線で見て、指導するものという役割に逃げ込んでしまう。
カウンセリングという同じ人生を歩んでいる仲間たち、それが後進のカウンセラーたちです。彼ら、彼女らとなんら変わることのない一人の人間、それが自分なのです。
このように考えるととても楽になりました。クライエントに許可をもらったものに限るのですが、私は自分のカウンセリング場面の音声なり映像を、そのまま後進のカウンセラーたちにもオープンにできるようになりました。自分はカリスマ的なカウンセラーではなく、一介のカウンセラーであり、そのあるがままの姿を他人の目に晒すことができるようになったのです。
これ、とても大きな変化ですね。我ながらそう思います。
口ばかりの指導者であれば、自分の生のカウンセリング場面をオープンにしないでしょう。なぜならば、自分が口ばかりであることがばれてしまうからです。そのために、いろいろな理由を付けて、オープンにすることを拒むわけです。口で築いた幻の見かけを死守しようと躍起になる指導者的カウンセラーがいるとすれば、とても残念なことですね。
他人への批判のように聞こえるかもしれませんが、ここに書いたことはすべて自分自身に向けた言葉です。初心を忘れるな、偉ぶるなということです。
等身大のカウンセラー、等身大の人間でいよう。
もう若くありません。人生の半分以上を生きました。でもまだまだこれからです、私のカウンセリング人生は。ただひたすらにクライエントのお話に耳を傾けること、いまも昔もこれが私のモットーであったような気がします。これが実現されるときに、クライエントは回復し、カウンセリングは成功することを数多く体験してきました。話をただ聴くことがいかに難しいことであるのか、いまも実感しています。
これでよいのだろうかと、いまも迷いながら生きていますし、カウンセリングも行っています。これでよいのだという確信や自信を、むしろ疑っているほどなのです。これでよいのか、もしかしたら間違っているかもしれない、そんな心の揺れ動きの中にいつもいるのが自分です。
地域の中に埋もれた無名のカウンセラーでありたい、これが私の目標です。これからも悩めるクライエントのお話に日々耳を傾けて行くつもりです。きっと、それは自分の命が尽きるまで続くのでしょう。命が尽きるまでカウンセリングの道を歩んで行く、私が考えるカウンセリングの人生とは、そのようなものなのです。
では、これでお別れになります。稚拙な記事ばかりでしたが、アクセスして頂いた方々には感謝いたします。下記が私の公式サイト・ブログになります。ではみなさん、どうぞお元気でお過ごしください。さようなら。
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